Θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「θは遊んでくれたよ」を読んで一言。断続する情報を纏め上げることでたどり着く仮説を追い求める物語。

Θは遊んでくれたよ ANOTHER PLAYMATE θ -森博嗣-

森博嗣さん著のミステリー小説、Gシリーズの第二作 θは遊んでくれたよ です。

今回も、前回と同様、断続する情報を纏め上げることでたどり着く仮説を追い求める物語。

ただ、森博嗣さんの作品としては初めてではないかと思うのですが、
密室殺人ではなかったという事が、今回の一番の発見でした。
まあ、ある定義からすれば密室殺人であったと取れる内容でしたが、それにしても密室殺人という形からの変化は、新鮮なものでした。

名言をひとつ

「(宗教等で)神様が必要となる理由は、基本的には責任転嫁のメカニズムなんだ。誰か他者のせいにすることによって、自分の立ち位置を保持する」

神様というのは極端かつ、日本人にはあまりなじみのない対象ですが、世にはいろいろな責任転嫁のメカニズムがあって、それを象徴した言葉だなと感じました。
人生全てを他のもののせいだと責任転嫁で生きていくことも出来ますが、出来れば自分自身で選択して生きていきたいものです。


Φは壊れたね Path connected φ broke -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「Φは壊れたね」を読んで一言。Why?はおろか、How?すらも突き詰めて行けば不要なのかもしれない。

Φは壊れたね Path connected φ broke -森博嗣-

森博嗣さん著のGシリーズ第一作目、「Φは壊れたね」です。

本当はこれの前に、Vシリーズや、四季シリーズがあるのですが、S&Mシリーズの流れを汲むこのシリーズから先に読むことにしました。

と、言いましても、S&Mシリーズで出てきた犀川助教授はほとんど作中には現れず、改めて森博嗣作品が好きになった結果の原因のひとつは、「犀川助教授」の作り出す空気感と申しましょうか、その存在だったのだと改めて感じました。

森博嗣さんといえば、「密室殺人」というもうひとつのキーワードは相変わらず健在で、今回も密室でした。

解釈というのは、それぞれの立場から見た認識の違いでもあるかと思いますが、今回の密室はまさにそんな感じの印象を受けました。
何をどう認識し、どう解釈するかは、それぞれの立場や人によって様々で、一度ついた先入観はなかなか取れるものではありません。そこを上手くつけば、事実を捻じ曲げることも可能だと感じることができるものでした。

そして、相変わらず殺人は動機があって初めて成立する、という前提をあざ笑うかのように、何故この殺人は起こったのか?というWhy?が抜けていることは当たり前のようで、
今回は更にHow?(どのように)という答えすら、とある登場人物の認識、意識付けから来る解釈で終わらせるという、スパッと明瞭解決で気持ちよく終わりたい人が読んだら、なんか不完全燃焼と感じる終わり方でした。

が、この物語の締め方こそ、この作品にはもっともふさわしいと感じる、そんな作品です。


有限と微小のパン THE PERFECT OUTSIDER -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「有限と微小のパン」を読んで一言。最後にふさわしく、いつもにまして「完璧な人間」という概念についての考察のようなものが、難解に、それでいて共感できる形で描かれていました。

有限と微小のパン THE PERFECT OUTSIDER -森博嗣-

長らくかかって読み続けていた森博嗣さん著のS&Mシリーズの最終作。
文庫本で900ページ近くに及ぶ超大作です。

このシリーズの最初は「THE PERFECT INSIDER」でしたので、
最後が「THE PERFECT OUTSIDER」で締めくくられるとは、
さすがシリーズ通してウィットの効いたトリックを見せ続けていただいた最後もきっちり締めていたいた感があります。

内容は、もちろんミステリーですが、これまたいつものとおり、いや作中で「天才」とされている人物がいたせいか、いつもにまして「完璧な人間」という概念についての考察のようなものが、
難解に、それでいて共感できる形で描かれていました。

まあ、凡人のあたしには「よく、わからない」世界でしたが。

相変わらず、余計な複線はまったく拾わず、必要なメインの物語のみを完結させて読み応えのある作品でした。


数奇にして模型 NUMERICAL MODELS -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「数奇にして模型」を読んで一言。個人的には”常識や当たり前、価値観、思考は人それぞれまったく違う”という事がキーポイントだと思う物語。

数奇にして模型 NUMERICAL MODELS -森博嗣-


今回は、モデラを取り巻く物語。

今回の物語の個人的なキーポイントは、
”常識や当たり前、価値観、思考は人それぞれまったく違う”
ということ。

「変わっていると言われるけど、そういう人たちは必ず自分より変わっている」
作中で出てくるこの一言に、今回の物語は集約されていたような気がします。

今回は、芸術家が多く登場したせいか、それとも意図的であったのか、
思考の観点も芸術的な部分が多く、やや難解な印象ですが、
心地よいほどその思考を体感できた作品でした。

さて、今回は3つほど名言を紹介したいと思います。

・決して他人の不幸を無視するわけではない。ただ、全ては誰かから搾取することによって得られる幸せなのだ。どこかで誰かが不幸になっているのである。どこに「不謹慎」の境があるのだろう。
社会のため、正義のためと言い訳するのは悪いことではないが、本心からそれを信じているなら明らかに偽善だ。もし本当にそうなら、警察も、政治かも全てはボランティアで成り立つはずである。

→長々と書きましたが、全ての幸せが誰かの不幸から成り立っている、という部分が衝撃的でした。確かにそのとおりです。

・相手にどう呼ばれるか、ということも、本人の機能、すなわちデザインである

→僕もいろんな人からいろんな呼ばれ方をします。それはこちらからお願いしたわけではなく、相手が自分に抱いているデザインから来るものである、と考えると非常にしっくりくる気がします。

・なるべく統一された思考に身を任せたい欲求が人間にはある

→常識という多数派にいたいと感じることと同意ですね。自分の価値観を大切にしようと考えているからこそ、この言葉は逆の意味でしっくり来ました。


今はもうない SWITCH BACK -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「今はもうない」を読んで一言。なぜか、とある登場人物の第一人称で物語が進んでいる。なぜか、犀川先生の出番がまったくない(余計な部分として語られている)。なぜか、特に後半、物語で語られることにちぐはぐさが出てくる。今までのS&Mシリーズとは少し違う雰囲気の作品。

今はもうない SWITCH BACK -森博嗣-


森博嗣さん著のS&Mシリーズ第8作。

またしても、先入観というものがいかに自分の中を支配してるかを痛烈に印象付けられました。

今回の作品は最初から不思議だったのです。

なぜか、とある登場人物の第一人称で物語が進んでいる。
なぜか、犀川先生の出番がまったくない。(余計な部分として語られている)
なぜか、特に後半、物語で語られることにちぐはぐさが出てくる。

そんな中で、今までのS&Mとはまた違った雰囲気のストーリーを読んでいました。

違った雰囲気だったから気がつきましたが、僕は
犀川先生の話、雰囲気、考え方が好きなんですね。
そう、大体登場人物、特に犯人となる人の考え方にも共感が出来ます。

そういう意味では、今回の作品はちょっと詩的な要素もあってか、
ちょっと、もやっとしました。

が、最後は、先入観の殻をぶち破ってもらったので、すっきり悔しかったです。
結局、題名は副題含めて、意味のあるもの、、、ということです。

やっぱり、面白いシリーズです。このまま後2冊、一気に読みきろうと思います。


夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「夏のレプリカ」を読んで一言。前作「幻惑の死と使途」と平行して起こる事件を描いた作品。心の中の描写が多かったのは登場人物の中に変化があったからだろうか。

夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER -森博嗣-


森博嗣さん作のS&Mシリーズ。
前作の「幻惑の死と使途」と平行して発生する事件を描いている本作。

「幻惑の死と使途」では複線として書かれていて、いつ出てくるんだろうと思いながら読み終わっていた内容がきっちり1つの物語として描かれていました。

幻惑の死と使途は奇数章しかなく、マジシャンの物語だからかな?と思っていたら、
この作品は全て偶数章です。
(各章の副題も”奇”と”偶”がついています。)
このあたりの遊び心が、いいです。

今回はいつも以上に、人の心の中の描写が多かったような気がします。
それは、登場人物の境遇に配慮したからでしょうか?
前回はイリュージョン、今回は詩的な印象を得ました。

日本人はイリュージョンも推理小説も解くために見る、アメリカ人はショーとしてみる。
この違いは大きいと思いますが、解くために読む人にはいい作品かもしれません。
僕が作中抱いた違和感を信じて考えた仮説で、
ほぼトリック自体は合っていました。物事は複雑に見えてシンプルです。

さて、名言をひとつ
・人の名前に刻まれたものは、消えない
自分自身を変えることを自分自身が拒否をするという現象を経験する人はいると思います。
他人から見た自分も、第一印象から意識付けられてしまって、
しばらく経ってから再会したときにその人が変わっていても、
やっぱり前のイメージは簡単には消えない。第一印象って重要です。


幻惑の死と使途 ILLUSION ACTS LIKE MAGIC -森博嗣 Hiroshi Mori-

森博嗣さん著の「幻惑の死と使途」を読んで一言。マジックを題材にしたミステリー。身の回りには不思議な事がたくさんあります。それはマジックなのか、トリックなのか、イリュージョンなのか。目の前に起こる現実をどう捉えるかで人生は大きく変わるのだ。

幻惑の死と使途 ILLUSION ACTS LIKE MAGIC -森博嗣-


森博嗣さん著のS&Mシリーズ後半戦第一作。
今回はマジック(不思議)を題材にした物語。

最後のあとがきを書かれていたのが引田天功さん(Wikipedia)でした。
イリュージョニストとして、海外でも人気の高い方ですが、あの方2代目だったんですね。
知らなかったです。

冒頭で、「マジック」に一番ふさわしい言葉は「死」だと思うのです。と、書かれていたのが非常に印象的でした。そのマジック、そして、音と証明、出演者、衣装、プロップス、背景を総じて演出するものがイリュージョンなのだそうですが、並大抵の努力と覚悟ではないと感じることができました。

そして、作中の登場人物もそれ相応の覚悟を持った人だったのでしょう。
こだわりを随所に感じる場面が多かったです。
きっとマジック好きの人が読むと面白い作品だと思います。
題名の「幻惑の死と使途」、今回の作品の内容もそのまま、です。

作中にもありましたが、身の回りは不思議なことに満ち溢れています。
よくシリーズに出てきますが、自然は自然といった瞬間に自然ではないということは、
すごくよくわかる気がします。
が、それは置いておいても、自分が生活するに当たり、
それらを鵜呑みにしないと生きていけません。
全てを理解するには時間が足りませんし、複雑すぎます。
作中の主人公格は、このような複雑な思考をよく繰り返します。
きっと、自分にはできないこの思考に触れることができるのがあたしにとって
魅力的なのではないかと思います。

さて、今回も名言を紹介します。

・「人間の狂気」あるいは「経済的な妥協」という不等号で切り取る
という手法以外によって作られた人工物は、未だかつてない

すごいですね、作者の表現ですが、ほんとそのとおりだと思います。
「妥協」として、さらに不等号なところが人間らしい曖昧さを表現していると思いました。

・偏った価値観から自分を守りたかったら、自分の目と耳を頼りにすること

これは、いろんなところで別の表現で書かれていますが、
マスコミにしても、文献にしても、他人の価値観を刷り込まれてますからね。
以前に同シリーズであった、「定義とは自分でするもの」という言葉は今でも残っています。
やりすぎると自分勝手、自己中と言われそうですが、
人生一回きりですし、自分の思ったとおり生きるのがいいですよね。

そういえば、一個、拾われていない複線がありましたが、それは次の作品なのかな?